第1回目の今回は、分かったようで実は奥が深いセクシュアル･ハラスメント（以下、「セクハラ」という。）についてお話したいと思います。ご存じの通り、セクハラとは、相手方の意思に反する性的な言動をいいます。セクハラの成否は、相手方の意思次第であり、加害者の主観に左右されるものではない、との理解は、一般社会に相当浸透したように思えます。しかし、セクハラ事件は毎日のようにメディアを騒がせており、一向に減る気配を感じさせません。

　そして、依然として弁護士に対するセクハラ講演の依頼が後を絶たない現実があります。原因として幾つか考えられるわけですがその一つは、いざ相談担当窓口や職場の上司としてセクハラの相談を受けてみると、理解したはずのセクハラの前記定義を、生の事案に適切に当てはめることができない、ことにあるようです。

　一例を挙げます。「何年にも渡りセクハラを受けている」と被害者から相談を受けたものの、加害者と名指しされている者とその被害者とが、社内公認の熱々カップルであった場合、あなたは両者間のセクハラの成否を適切に判断できますか。そのうえで、会社として有効な対策を講じていく自信がありますか。

　裁判官も頭を悩ます難しい事例が、相談担当窓口のあなたの前に、何の整理もされないまま、突然に突きつけられます。そんなときは、一人で問題を抱え込んでしまわないことが大切です。場合によっては、迷わず専門家に相談することをお勧めします。

　「何もないのに、セクハラ被害を訴えるはずないのだから、(加害者と名指しされている人に対して)お前、謝っちゃえよ。」というような対処は、問題を大きくしてしまう可能性がありますので気をつけましょう。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　山田・尾崎法律事務所　弁護士　中重克己

　第２回目は、M&Aにおける労務問題についてお話します。
　最近は、サブプライム問題に端を発した金融不安によってM&Aの件数が減少していると言われておりますが、株式会社レコフの統計資料によれば、1995年には約500件程度であったM&Aの件数が2005年以降は2500件を超え、ここ数年も更に増加しています。しかも非上場の中小企業におけるM&Aの件数も飛躍的に増加しており、M&Aが経営の手段として、かなり一般化してきています。

　そして、このようなM&Aにおいて、実際に企業を買うか否か、最終的な意思決定を左右するPOINTは、実は労務問題であることが多いのです。特に非上場の中小企業の場合、労務問題の整備にまで手が回っていない企業も多く、就業規則が無かったり、就業規則はあるけれども机の中に仕舞っていたりするケースがあります。また、パート従業員に対して社会保険料が支払われていなかったり、多額のサービス残業があったりするケースもあります。

　当然、サービス残業や社会保険料の未払い問題があれば、潜在的な債務を負担していることになり、買収価格は低くなりますし、更に進んで、何らかの問題で社員の離職率が高かったり、経営者がコントロールできないような労働組合があるようなケースにおいては、そのような労務リスクがあるがためにM&Aそのものが流れてしまうこともあります。
　
　企業経営において最も重要な経営資源は、「人」、「物」、「金」であると言われますが、M&Aの場面においても、まさに「人」の問題がその成否を分けることになるわけです。松下電器の創業者である松下幸之助さんは、『ものをつくる前に人をつくる』ことを経営理念に松下電器を大企業へと成長させたそうですが、労務リスクが原因でM&Aが不成立となった場合などには、その経営理念がふと頭に浮かんでしまうものです。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　鳥飼総合法律事務所　弁護士　福�ｱ剛志

「内定取消し」や「派遣切り」が社会問題化する昨今。そのためでしょうか、昨年は、小林多喜二が資本家による労働者の搾取を描いた昭和４年発表の著作「蟹工船」が再び脚光を浴び、上半期だけで４０万部が増刷され、２００８年流行語大賞のトップテンに選ばれたそうです。先日、私もブームに乗って「蟹工船」を読みました。

　「蟹工船」から遅れること２０年足らず。我が国の労働法の根幹をなす労働基準法（労基法）が制定されたのは昭和２２年のことです。労働条件保護の重要性を謳う労基法の理念は、裁判の場でも貫かれています。中小企業のＡ社のお話。前職の経歴を買われて役員待遇で採用した従業員Ｘ氏が、ろくに仕事をせず中途半端な販促イベントで会社に大きな損害を与えてしまいました。怒った社長はそのＸ氏を懲戒解雇。程なく、Ａ社はＸ氏から地位保全の仮処分命令の申立を受けました。慌てた社長から相談を受けたのはその後です。Ｘ氏には相当の問題があり、裁判官もこちらに理解を示してくれていましたが、それでも、Ｘ氏に退職を受け入れてもらう代わりに、相当の和解金を積まされました。裁判官が労働者の利益に配慮したことは明らかでした。

　別のＢ社のお話。営業職の従業員Ｙ氏が、取引先となあなあの関係になり、Ｂ社にかなりの損害を与えました。当然、社長は怒りましたが、解雇の前に、相談を受けました。そこで、いつ、どのように解雇を申し渡すか慎重に検討し、合意書を作成して、いくつかの条件をＹ氏に認めさせて諭旨解雇としました。退職金相当額は合意書においてＢ社の損害と相殺しました。その後、Ｙ氏が裁判所や労基署に駆け込むことはありませんでした。

　賢明な経営者であれば、どちらが得かお分かりでしょう。従業員の不始末で怒るのは無理もありませんが、そんなときは「蟹工船」を思い浮かべて少し落ち着きましょう。それからもう１つ。社労士や弁護士へのご相談はお早めに。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　竹田・高山法律事務所 弁護士  高山　烈

先日，顧問先の社長と会食をしているときに，共通の知り合いである同社の従業員A君が昇進したとの話に及びました。その際，社長曰く「A君は課長に昇進して“管理職”になったんだから，残業しても残業代を支払わなくていいんだよな」

　「ちょっと待って下さい。社長！」
私はびっくりして，思わず社長の話を制止しました。労働基準法上「管理監督者」に該当する場合は残業代等の支払いが不要になりますが，会社組織上「管理職」に該当するからといって，必ずしも「管理監督者」に該当するとは限りません。「管理監督者」に該当するには，�@労務管理について経営者と同じような立場で判断できる，�A勤務時間や休暇などの規定にしばられない，�B一般社員と比べて賃金面等で充分に優遇されているといったかなり厳しい条件を満たす必要があり
単純に部下を統制・管理しているからといって，「管理監督者」になるというわけではない
のです（�@から�Bの条件を充足しないにもかかわらず「管理職」として残業代等の支払いを受けていない従業員がいわゆる「名ばかり管理職」といわれるものです）。件の社長は，この点を看過して，単純に「管理職」＝「管理監督者」と考えていたようです。

同じような誤解をされている経営者の方は意外に多いように見受けられますが，場合によると思わぬ損害を被る恐れもありますので注意が必要です。マクドナルドの店長は「管理監督者」ではないとして，約750万円の残業代の支払いを命じる判決が昨年1月東京地裁で出されたことは記憶に新しいと思いますが，同じようなことがおこらないとも限らないのです。

さて，貴社の「管理職」は「名ばかり管理職」ではありませんか？
マクドナルド等のようなことにならないためにも，この機会に，社労士や弁護士等の専門家に一度チェックを依頼されてはいかがでしょうか（なお，「名ばかり管理職」と判断される場合でも，“裁量労働制”や“みなし労働時間制”等の導入により残業代等の圧縮を図ることが場合によっては可能です）。

　　　　　　　　　　　　　　　　　シュエット法律事務所　弁護士　大谷惣一

　５月２１日から裁判員制度がスタートします。
　昨年のおわりには裁判員の候補者名簿がつくられました。はやければ７月ころから，名簿にのった方あてに裁判所への呼び出しのお知らせがくるでしょう。
　裁判員制度は一言でいえば市民が参加する裁判制度です。会社として，どのように向き合えばよいのでしょうか。いくつか問題提起をしてみたいと思います。

�@　社員から，「私が責任者をしているプロジェクトの期間に裁判員として呼び出されたら，どうしたら良いですか？」と質問されたら，どう答えますか？
　裁判員を辞退することのできる場合は，法律で限定されています。仕事が忙しく，裁判員で職場を空けるわけにはいかない，というだけで辞退が認められるわけではありません。辞退が認められるかどうかは，最終的には裁判所が判断することですが，代わりになる社員がいるか，事業にあたえる影響の度合いがどの程度か，といった視点で判断されます。例えば，その社員以外では対応できない大切な業務がちょうど審理期間と重なっている，その社員がいないときに仕事にもしものことがあれば大きな打撃となる，といった事情がポイントになるでしょう。
　名簿にのった社員から相談があったら，という場合にそなえ，辞退が認められるかどうかのポイントを整理しておく必要があるかも知れません。

�A　社員から，「裁判員として裁判に参加することになったので休みたいが，給料はどうなるのですか？」と質問されたら，どう答えますか？準備はできていますか？
　裁判員として休んでいる期間，給与を支給するのか，支給しないのかは会社が決めてよいとされています。明確にするため，就業規則で給与の扱いを決めておくべきでしょう。大企業では，有給休暇のひとつとして「裁判員休暇制度」を導入しているところもあります。ただ，有給にした場合には，裁判所から裁判員に支給される日当とどう調整するのかも考えなければなりません。

�B　社員から，「裁判員から帰ってきた社員の経験談を聞きたいので報告会をやりたいが…」と聞かれたとき，どう答えますか？
　裁判員裁判は刑事事件の重大事件を扱います。マスコミで大きく報道されるような大事件もあるでしょう。裁判員の大役をつとめた社員には，いろいろ聞きたくなるかもしれません。
　しかし，注意が必要です。裁判員には「守秘義務」があります。「やってよかった」といった感想程度を話すことは許されますが，裁判官や裁判員の間の意見交換の内容や，事件関係者のプライバシーなどについて秘密を守らなければなりません。ですから，例えば，朝礼の場や飲み会の席で，裁判員から帰ってきた社員に対し事件の内容について根掘り葉掘り聞くことはご法度です。
　
　他にも，法廷の審理でショッキングな写真をみたり，証言をきいたりして，心理的なダメージを受けている場合もあります。精神的に大きなストレスを負った社員のメンタルケアも，今後の大きな課題になりそうです。

　裁判員制度は一般市民のいろいろな視点を刑事裁判に反映させるものです。一般市民が参加しやすいかどうかが制度の生命線です。
　裁判に参加しやすい職場環境を整備することが，会社として社会的な使命といえるのではないでしょうか。
　裁判員制度に対する職場対策が十分でない，どのような対策をとればよいのか分からない，対策を作ったけれどもこれで良いかどうかわからない…とお悩みの社長さんや総務担当のかた。制度がスタートするまであとわずかです。スタートしてから慌てる前に，一度専門家にご相談されてはいかがでしょうか。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　山崎・秋山法律事務所　弁護士  松井　創

最近、セクシュアル・ハラスメントよりも我々が多く耳にする言葉として、「パワー・ハラスメント」があります。セクシュアル・ハラスメントという概念を理解して対策を講じるのも大変だったのに、更に新しい概念が登場するに至り、会社が対策しなければならない場面が増えた、と困惑している関係者が多いようです。実際、近時はパワー・ハラスメント対策の講演会が数多く開催されていて、会社に多くの需要があることがうかがえます。とはいえ、パワー・ハラスメントは、セクシュアル・ハラスメントと異なり、法律に登場してくる言葉ではありません。それでは、パワー・ハラスメントについてはどのように考えればいいのでしょうか。

　パワー・ハラスメントとは、「職場におけるいじめ」と定義することができると思います。「いじめ」という概念を定義することは難しいのですが、相手方が行為者による当該言動を嫌がらせと受け止める場合には、それを「職場におけるいじめ＝パワー・ハラスメント」と考えていいでしょう。もちろん、このようないじめの全てが、雇用管理の上で、又は法律の上で許されない、ということになるわけではありません。すなわち、相手方が行為者の当該言動を嫌がらせ（パワー・ハラスメント）と受け止めたとしても、そのような行為者の言動の全てが、会社における懲戒処分の対象になるわけではありませんし、裁判上の損害賠償請求の対象になるわけでもありません。

　とはいえ、雇用管理の上で、又は法律の上で許される言動であったとしても、それを「職場におけるいじめ＝パワー・ハラスメント」と考える社員が存在し、その社員が在籍する職場が存在する事実に変わりはありません。このようないじめが横行する職場の雰囲気は最悪です（いじめを受けた社員は、精神疾患を患い自殺してしまう可能性もあります）。社員のモチベーションも上がりません。最終的には、会社の生産性にも影響するでしょう。そのような職場を漫然と放置すれば、職場環境調整義務違反に問われる可能性があります。したがって、円滑なコミュニケーションを可能とする職場環境を作る努力を、会社は怠ってはならないわけです。

　以上の思考過程は、皆さんが理解しているセクシュアル・ハラスメントの概念と実はパラレルであることに気づきます。もちろん、両概念には違いはあるのですが、「人が嫌がることはしていけません。」という極めてシンプルな共通の発想に基づいています。「会社がしなければならない対策が多くて、手が回らない。」と考える法務担当者は多いかと思われますが、パワー・ハラスメント対策も職場のセクシュアル・ハラスメント対策を応用すれば足りる場面がたくさんあるのです。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　         山田･尾�ｱ法律事務所　　弁護士  中重克巳

お客さんから裁判の進行等について聞かれて説明するのは結構しんどいものです。親切に丁寧に説明しようとするのですが、かえって、不安をあおることにもなりかねません。

　この「正義は勝たない。証拠が勝つ。」というフレーズは、ある弁護士から借用したものですが、弁護士なら誰しも、「そのとおり」とうなずく名言です。ただ、一般のお客さんに向かってこう言った場合には、分かってもらえるでしょうか。ふざけるな、と怒り出す方もいらっしゃるかもしれませんね。でも、本当にこの言葉のとおりなんですよ。

  裁判では神様が裁くわけではありません。裁判官という「人」が裁くのです。もちろん良心的に一生懸命、真相を探求しようとは努めますが、神ならぬ身の悲しさ、分からないものは分からないのです。結局は、証拠の有無で切り分けて結論を出すしかありません。　言った、言わないというような話で証拠がないときはどうなるか。これは「立証責任」という理屈が働きます。基本的に、自己に有利な事実を主張する側が、その事実があったことを証拠で立証しなければならないという原則です。立証ができない場合は、その事実は判決の基礎とできません。証拠がない事実はなかったのと同様に扱われてしまうのです。　労働事件（訴訟・労働審判・仮処分事件など）はもっと大変です。労働者保護という大原則が働きますから、「疑わしきは労働者の利益に」解釈されてしまいます。たとえば、退職した従業員がサービス残業を強いられていて法定の残業手当をもらっていないから支払え、という訴訟を起こした場合、従業員が自分の手帳のメモを根拠に残業時間数を主張したのに対し、会社側が出退勤管理をしていないで、タイムカード等の証拠を出せないとなると、これは従業員の主張が正しいのではないか、という前提で審理が進みます。反対証拠を出さない限り、会社側は負けてしまいます。どうしようもない勤務態度不良社員を解雇しても、その「どうしようもない勤務態度不良」だという事実を裏付ける証拠が十分にないと、解雇無効ということになりかねません。１年分とかの賃金を支払えという結論になったりします。馬鹿な話ですが、それが裁判の実態です。

  では、裁判なんかしない方がいいのか。そうです。裁判なんかしないで済むのが一番です。じゃあ、弁護士は何のためにいるんだ。そりゃあ、不利だと言っても裁判は受けて立つしかない場面がありますから、依頼されれば弁護士としては精一杯がんばりますよ。でも、もともとの武器である証拠が足りなくてはひっくり返すのは至難の業です（それができると快感ですが、そうそう多くはありません）。なんとか最大限依頼者に有利な和解にもって行くのが関の山です。弁護士としては、裁判になる前に使ってもらいたい。治にいて乱を忘れず。後々トラブルにならないように、万一、訴えられたりしても負けないように、社内規則の作り込みとか、解雇を前提にした手続きチェックとかをする方が、弁護士としてもやりがいがあるのです。弁護士は裁判のときに頼むもの、ではなく弁護士は裁判にならないように頼むもの、と知っていただきたいです。

　　　　　　　　　　　　　　　　　山崎・秋山法律事務所　弁護士　秋山清人

　私たち人や企業が日々の生活を営む中で最も重要な法律は民法であると言えます。人や企業は日々様々な契約や法律行為を行ないますが，その基本ルールは民法が定めています。
日本の民法（財産法）は，1896年に公布され，1898年から施行されたものですが，その後100年以上を経過しても大きな改正は殆どなされていませんでした。ところが，このような日本の民法が世界の民法の改正の流れを受け，大きく改正されようとしています。

　例えば，日本の民法は，ドイツ民法とフランス民法を基礎としていますが，ドイツでは既に改正が終了しており，フランスも改正作業に着手しています。また，オーストリア，スペイン，スイスなども民法の改正作業を行なっています。このようにヨーロッパ諸国においては民法改正がブームになっているのですが，この改正は個別に行なわれているものではなく，企業の経済活動がグローバル化する中で取引の基本的なルールである民法を統一しようとする動きの中で改正作業が進められています。特にヨーロッパでは，EUの統合により，EU内における経済活動が自由化されたため共通の取引ルールを必要としたのでしょう。

　このように特にEUにおいて民法の統一の流れが起こっているのですが，その流れは日本などのアジア諸国においても無関係ではありません。世界各国の民法のうち，英米法の国，イスラム法の国以外の国々は，フランスやドイツなどヨーロッパの主要国の民法を輸入しているため，仮にEUにおいて民法の統一が実現すれば，それらの国々は当然にEU統一民法をコピーするだろうと考えられているのだそうです。フランス民法とドイツ民法を輸入した日本も例外ではありません。
　
　このような流れを受け，日本の有力な民法学者らも2006年10月に民法改正検討委員会を設立し，近頃，「債権法改正の基本方針」として，その研究成果を発表しました。同委員会の設立を主導され，また法務省参与として今後の民法改正においても重要な役割を果たすことが期待されている内田貴東京大学名誉教授によれば，「日本の民法は確かにフランス，ドイツの民法をコピーしたものであったが，その後の裁判実務，企業法務実務において日本独自の解釈を発展・確立させてきたのであり，EUの民法をそのままコピーするだけで果たして良いのか。日本民法のプレゼンスを高めるためには，日本独自の民法の改正の方針を打ち出す必要がある。」との想いから同委員会を設立した，と民法の改正にあたっての想いを述べられておりました。

　最近では，国際会計基準の導入，金融商品取引法における内部統制報告書制度の採用など，日本の経済取引のルールは多くの点で欧米のルールが輸入されていますが，民法の改正については，果たして，どうなるのでしょうか。民法は，私たちの生活に密接に関連する基本法であるだけに改正動向に注目したいところです。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　鳥飼総合法律事務所　弁護士　福�ｱ剛志

　朝、出勤時間になっても来ない従業員がいる。これまでは無断欠勤なんて１度もしたことがないのに、何の連絡もない。その従業員の携帯電話に連絡をしてみても留守電になって繋がらない。一体どうしたんだろう？
　
　そんな事態が起こったとします。もちろん、急病や、交通事故などのトラブルに巻き込まれてしまったということもあるでしょう。別の可能性もあります。その従業員が刑事事件に巻き込まれ、警察に逮捕されてしまったという場合です。そんな万が一の場合に備え、今回は、刑事手続の基礎と会社のとるべき対応について簡単にお話しします。

　逮捕・勾留は人の身体を拘束するものですから、厳格な時間制限があります。まず、何らかの事件に巻き込まれて警察に逮捕された場合、警察は４８時間以内に被疑者を検察庁に送ります。検察官は被疑者から話を聞き、送検から２４時間以内に釈放するか、あるいは勾留請求をします。検察官が勾留請求をした場合、勾留請求から１０日間〜２０日間もの長い間勾留されることがあります。勾留満期までに起訴されれば、更に長期間勾留が続くこともあり得ます。

　逮捕されてしまった従業員は、逮捕された事実を会社に隠したがりますが、勾留ともなれば長期間にわたるため、会社に発覚するのが通常です。自社の従業員が逮捕・勾留、起訴されたことを知ったときの対応については個別に考えるしかないのですが、方向性としては、雇用を継続したい場合とそうでない場合とに分かれるでしょう。是非とも雇用を継続したいという場合には、接見に行って元気づけるなど、その従業員をできる限りサポートしてあげて下さい。ただ、場合により、従業員の弁護人から、上司や代表者に刑事裁判の情状証人として出てもらいたいとの依頼を受けることもあり得ますので、覚悟が必要です。逆に、雇用を継続したくない場合は、無罪推定の原則に注意が必要です。本人が否認している場合はもちろんのこと、自白している場合であっても、刑事手続の早い段階で解雇等の処分をすることには慎重であるべきです。処分の見通しを本人に伝えることはともかくとしても、最終的な処分は判決を待ってからにするのがよいでしょう。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　竹田・高山法律事務所 弁護士  高山　烈

　年俸制を採用すると，時間外労働をさせても時間外労働手当を支給する必要がなくなるとお考えになっている，経営者・人事担当者をまま見受けます。先日も，某社の人事部の方から年俸制を採用し，残業代込みで年俸額を決定すれば，年俸額を超えて時間外労働手当の支払いは必要なくなるのか，との質問を受けました。どうもその背景には，年俸制というと成果主義的なもので，したがって，年俸とは「成果」に対する報酬であって，「労働」（一定時間会社に労務を提供すること）に対する対価でない，という観念があるように思われます。

　しかし，これは全くの誤解です。年俸制といっても，要するに，賃金の額を年単位で決める制度でしかなく，「労働」（一定時間会社に労務を提供すること）に対する対価という性質は，月給制と何ら変わりはありません。当然，時間外労働に対する時間外手当の支給を要求する労働基準法37条の適用を免れることはできません。

　とはいえ，年俸の中に一定の時間外労働手当を含む旨の合意をしておく，いわゆる固定（定額）残業手当制を採用すること自体は直ちに労働基準法違反になるものではありません。但し，固定（定額）残業手当制が適法と評価されるためには，�@割増賃金相当部分と通常の労働時間に対応する賃金部分とに区別できる，�A割増賃金相当部分が法定の割増賃金額以上支払われている，ことが必要になります（平12.3.8基収78号）。

　また，通常，年俸制において固定（定額）残業手当制を採用する場合には，年間の割増賃金相当額を各月均等に支払うようにする場合が多いと思われますが，この場合，各月毎に支払われている割増賃金相当額が，各月の実際の時間外労働等の時間数に基づいて計算した割増賃金額に満たない場合，その差額を各月ごとに支払わなければ，労働基準法37条違反とされますので，ご留意ください（平12.3.8基収78号）

　　　　　　　　　　　　　　　　　シュエット法律事務所　弁護士　大谷惣一

　昨年来のリーマンショックとそれに続く派遣切りなどによる企業業績，雇用情勢の悪化で収益や給料が下がり，住宅ローンの支払いに現にお困りの方，あるいは今後の支払いに不安を抱えている方もいらっしゃるのではないでしょうか。
　
　住宅ローンは，将来も安定的に雇用が継続し，収入が増えていくことを前提に組むものですからこの前提が崩れると，住宅ローンの支払いに支障を来すことになります。

　このような場合，まずは借入金融機関の住宅ローン窓口に相談しましょう。金融庁はさる８月１８日，金融機関に対する新しい監督指針を発表し，このなかで，返済が滞ってしまった住宅ローン利用者に対して，返済期間の延長や金利減免など返済条件の見直しなどを検討するように指示しました。また，民主党政権下では，さらに強力な住宅ローン返済条件の緩和も検討されており，この流れのなかで金融機関の現場でも，相談に応じて，返済条件の緩和に柔軟に対処しているようです。

　また，他の借金もあって住宅ローンの返済が非常に苦しい，という方には，裁判所に小規模個人再生手続を申立てることを検討してはいかがでしょうか？この手続をとれば，住宅ローンを維持しながら，他の借金を大幅にカットすることにより，生活を再建することが可能です。ただ，この申立てをするには一定の条件を満たす必要があり，しかも金融機関等と専門的な話し合いもしなければならないため，申立ての際には，ほぼ例外なく弁護士に依頼する必要があります。この手続の利用をお考えの方は，弁護士に相談されることをおすすめします。

　どのような対応をとるにしても，住宅ローンの返済がひとたび止まってしまうと，途端に時間との勝負になってしまいます。ですから，住宅ローンの返済が滞る前に，早めに銀行や弁護士に相談することが肝心です。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　山崎・秋山法律事務所　弁護士  松井　創

　セクシュアル・ハラスメントの相談が窓口に上がってきた場合、ヒアリングの結果、被害者とされる者の話と加害者とされる者の話が真っ向から食い違うことがあります。しかも、物証や目撃者などの頼るべき客観的な証拠が一切存在しないということが、少なくありません。

　被害者とされる者は、「××というひどい被害に遭った。」という話を、極めて個別・具体的に詳細に、時には涙を見せながら語ります。反対に、加害者とされる者は、そのような事態を完全否認して、「そんなことは、やっていません。」という極めて抽象的で空虚な反論を繰り返します。「やっていない」ということを具体的に証明することは難しいのです。

　読者の皆様が相談担当者の立場で、このような相対立する当事者の話を聞いた場合、どちらの話に軍配を上げますか？多くの読者が、泣きながら自己の被害を詳細に訴える被害者の話に、軍配を上げるのではないでしょうか。

　かかる事実認定の手法が間違っているとまでは言えません。しかしながら、かかる事実認定が正しいのは、「辛い立場の被害者が、被害供述を作出する動機も利益もないのに、負担覚悟で敢えて恥ずかしい体験を訴えているから、その話は信用できる」という背景があるからなのです。つまり、そのようなことが「確実に」言えるのは、犯人と被害者の間に、事件前に全くつながりがないような場合に限定されるはずです。

　被害者と加害者とが以前から交際していたなど特別な関係にあった場合や、組織内の派閥抗争を背景に対立候補を追い落とすためにでっちあげる場合のように複雑な背後関係がある場合には、被害者の話の信用性の判断は慎重にする必要があるわけです。

　信用性の判断は難しいですので、悩んだ場合、事が大きくなる前に、速やかに専門家に相談することをお勧めします。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　山田・尾崎法律事務所　弁護士　中重克己

　マンション分譲大手の穴吹工務店（高松市）が、11月24日、東京地方裁判所に対し、会社更生の申立を行いました。私は、香川県生まれで、司法修習も高松で行いましたので、穴吹工務店には親しみがあります。県内の有力企業と言えば、冷凍食品の加ト吉、カタログ販売のセシールなどがありますが、いずれも他企業に買収されており、穴吹工務店のニュースに接し、「またか！」といった想いがあります。

　穴吹工務店の会社更生の申立は、業績不振による資金繰りの悪化を主要な原因とするものであろうかと思いますが、創業者の長男である穴吹社長と他の幹部らが対立した形で、今回の会社更生法の申立に至っており、あらぬ憶測を呼びかねない状況になっています。

　穴吹工務店は、今年の10月末に経営方針の対立から穴吹社長が他の取締役11名全員を解任するために臨時株主総会の招集を決定したにも拘わらず、僅か1週間でそれを撤回するというドタバタ劇を繰り広げました。詳細は分かりませんが、穴吹社長としては、多数派を占める生抜きの取締役達をコントロールできなくなったため、株主総会において他の取締役全員を解任することを提案したが、金融機関等の反対を受けて、それを撤回せざるを得なかったものと思われます。結局、そのような社内の混乱が信用収縮を招き、今回、資金繰りが行き詰る一因となったようです。

　今回の会社更生の申立は、そのドタバタ劇の1ヶ月後に、穴吹社長以外の幹部らが決定したものですが、それは幹部らの穴吹社長に対するクーデターだった可能性もあります。会社更生手続では、更生計画の中で100%減資を行い、新しいスポンサーの出資を受け入れることが多く、穴吹工務店の会社更生手続もそのように進むものと考えられています。そうすると、これまで穴吹工務店を支配していた穴吹社長は支配株主の地位を失い、今後は新しいスポンサーが株主となり、そのスポンサーの支持を得た幹部らが会社を経営することになりますので、会社の経営権が穴吹社長から他の幹部らに完全に移ることになるのです。

　穴吹工務店の会社更生の申立がそのような目的で実行されたとは考えたくありませんが、外から見ているとそのような側面があるのではないかと疑いたくなるような経緯を辿っています。

　穴吹工務店の取締役会がリーマンショック後の不況に一致団結して対応できていれば、今回のような会社更生の申立は回避できた可能性もあり、穴吹社長と他の幹部との対立は会社経営に極めて大きな影響を与えたと言えるのではないでしょうか。会社経営にとって如何にコーポレートガバナンス（企業統治）が重要であるかを再認識させられる事案であると思います。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　鳥飼総合法律事務所　弁護士　福�ｱ剛志

　２０１０年を迎えましたが、相変わらず「景気の二番底」や「デフレ」といった歓迎できない言葉が紙面を賑わしています。中小企業にとってはまだまだ厳しい状況が続いていますね。さて、今回は会社の破産について少しだけお話しします。

　皆さんも、取引先が突然倒産して慌てた経験があると思います。「前もってウチに相談してくれればこんなことにならなかったのに！」なんて思う方も多いのではないでしょうか。弁護士は、取引先が突然倒産して困っている会社（債権者側）から相談を受けることもあれば、反対に、資金繰りに困った債務者側から相談を受けることもあります。後者のケースでは、資金繰りがどうにもならなければ破産を選択することも少なくありません。

　以下はあくまで私の経験です。破産を申し立てる場合、まずは綿密な資金繰り表を作成してもらい、それに従って申立予定日を決定します。その上で、申立予定日から逆算し、いつ、どのような作業をするかというスケジュールを組んでいきます。申立日の直前に、すべての事務所、事業所を閉鎖し、全従業員を解雇します。そして、この営業の廃止に至り、ようやく債権者に受任通知等により連絡します。それまでは破産することは債権者に内緒にしておくわけですが、社外の債権者どころか、自社の従業員に対しても経理担当者等ごく一部の者を除いて伝えないことが多いです。経営者は、営業を廃止するその日までは、ほとんど誰にも告げず、身内ともいうべき従業員にも内緒で破産申立のための孤独な作業を続けるのです。

　中小企業の経営者は金融機関に対し個人保証をしていますから、会社が破産すれば経営者自身も自己破産に至ることが通常です。オーナーの乱脈経営で破産に至る場合もありますし、債権者の立場も分かりますので、同情ばかりはできません。しかし、長引く不況で企業体力を失い、苦しい場面で取引先どころか従業員にも話せず、いざ破産すれば全財産を失うという経営者もたくさんいるのです。

　このように、取引先が倒産したときに、「言ってくれればよかったのに！」というのは非常に難しい注文です。そうならないように日頃から取引先に対する債権の保全は万全にしておきましょう。

　　　　　　　　　　　　　　　　　　竹田・高山法律事務所 弁護士  高山　烈